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第17話 残酷なランク付け

Author: 青砥尭杜
last update Last Updated: 2025-02-08 23:02:21

「その魔力の量だけでランク、位階は決まるんですか?」

 カイトが率直な疑問を口にすると、エルヴァは軽いうなずきを返してから答えた。

「そうなんだよね。魔道士の強さは魔力の量だけで決まるほど単純ってわけじゃ当然ないけど、魔力量が重要な要素っていうか強さのベースになっちゃうってのは、どうしてもあるから」

「修行というか、訓練とか鍛錬みたいな方法で、魔力の量を増やすことは可能なんですか?」

 間を置かずに質問したカイトのテンポに合わせるように、エルヴァもすぐに答えを返した。

「ああ、それは無理なんだ。魔力の量って、魔道士としての血が顕現したときに決まってるんだよ。顕現度合とか魔道士としての血の濃さ、なんて言い方もするんだけど。大抵は四歳前後で表れる魔道顕現発達の時点で位階はほぼ決まっちゃって、ある程度は魔道士としての強さも決まっちゃうってこと。その魔力量を正確に測れるのが、ウァティカヌス聖皇国の聖皇なんで、通例として魔道士は十四歳までに聖皇に拝謁する。その拝謁で聖皇が魔力量に応じた位階の叙位と、その子が従三位以上なら称号の授与もセットでやっちゃう。言っちゃえば、まだ子供の頃に決まったランクを一生背負って生きるのが魔道士ってわけ」

 生まれ持った才能で一生が左右される世界。カイトは率直に嫌な世界の形だと思った。

「なんだか残酷な気もするんですが……」

 カイトが感じた嫌な印象を口調に含めると、エルヴァはそれを肯定するようにうなずいた。

「そうかもね。ただし、だ。魔道士の強さは魔力量だけで決まらないってのも事実だよ。上位の称号持ちが下位の魔道士に敗れるってのは珍しいことじゃない。実際の戦場だと、上位の称号持ちは地位も高いってのが相場だから、真っ先に狙われるって傾向もあったりするし」

「戦い方次第ってことですか」

「うん。たとえば土属性のベヒモスとか、水属性のレヴィアタンなんて有名どころの召喚獣は、四十ちょっとの魔力消費で召喚できるのに結構強い。上手く使えば上位の魔道士に対抗できる召喚獣とも言える。あとは、火属性のコーザサタニとかプグヌス・フランマエみたいに、術者がその身体を武器としちゃって直接的に攻撃するタイプの魔法も、究めれば有効なのに消費する魔力は少なくて済む。魔力量それ自体は変えられないけど、戦闘の練度は変えられるからね……さて、話がちょっと逸れたかな」

 エルヴァが会話の流れを戻すために言葉じりを切ったので、カイトは「はい」と短く応じながら首肯した。

「で、天使シリーズの召喚なんだけど」

 説明を切り出しながらエルヴァが禁書のページをめくった。

「まずは、これかな」

 エルヴァが開いたページには、鉄に見える金属製の甲冑を身に着けて右手には長剣を握り、背中には白く輝く翼がある天使の写実的な具象画と、その天使の説明がびっしりと記されていた。

 カイトはひとまず説明文を読んでみた。

 じわっと頭の中に説明の内容が染み込んでくる感覚があった。

「アルケー……」

 カイトが開かれたページに記された天使の名をぼそっと発音すると、エルヴァがすぐに反応を返した。

「そう、アルケーだ。どうかな? 具体的にイメージできたりする?」

「イメージ、ですか……?」

「そう、イメージ。ある一定以上の具体的なイメージが、召喚のトリガーになるんだ。これには適性があってね」

「イメージ……」

 そうつぶやいたカイトは、アルケーを脳内で思い描いてみた。すると、治癒魔法を用いたときにも感じた体内を巡る魔力が、脳内のアルケーのイメージと重なり、微かにそのイメージした像が震えるような感覚を持った。

「イメージできてるみたいだね。その状態を維持したまま『アルケー』と呼んでみて」

 エルヴァの指示に無言で首肯したカイトは、天使の名を口にした。

「アルケー」

 カイトの声に呼応するように、直径二メートルほどの玉虫色に発光する魔法陣が、部屋の中央に置かれた机と中庭に面した窓の間の床に現れた。

「ストーップ!」

 エルヴァが声を張り上げたことで、カイトの集中が途切れる。

 カイトの集中と連動するように魔法陣が消滅する。

 軽い脱力感を覚えながらカイトがエルヴァに視線を向けると、エルヴァは楽しげな笑みを浮かべていた。

「よし。ちょっと場所を変えようか」

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     天候に恵まれた四月四日。五ヶ国間での正式な締結を目前とする軍事同盟を構成する四ヶ国で、各々の筆頭魔道士団に籍を置く十名の魔道士で編成された遠征部隊を乗せた汽船は、予定通りに正午の時の鐘に合わせてウァティカヌス聖皇国の港から出航した。 無用の犠牲を避けたいというカイトの意向と、四ヶ国の筆頭魔道士団に所属する魔道士で編成された連合部隊という背景によって、後方支援に当たる一般の兵すら含まない十名の魔道士のみとなった遠征部隊。その規模には不釣り合いな聖皇国の手配した大型の汽船の船上では、出航直後から酒が振る舞われた。戦地へと赴く緊張を緩和させるためというのが一応の名目ではあったが、緊張した様子をみせるメンバーはいなかった。 中でも列強の筆頭魔道士団においてエースナンバーである第三席次を預かる魔範士、アクーラ、カレラ、ファセルの三人は前日の壮行会の余韻を楽しむかのように酒を酌み交わしていた。 三人の姿に触れたカイトは強者の余裕を垣間見た気がした。「カイト卿。飲んでますかあ?」 アクーラは声を掛けながらカイトに近付くと、右隣に腰掛けて半ば空いていたカイトのグラスにワインを注いだ。「あ、はい。どうも……」 カイトにとっての天敵。刃を交えるような事態は最優先で避けるべき存在である四人のうちの一人。 召喚した存在を憑依させることで自身を強化する反則級の魔道士であるアクーラが、肩が触れあう距離にいるという事態に、カイトは恐縮を隠すことができなかった。 カイトの反応を見たアクーラが、その豊満な胸を突き出してポンと右手で叩いてみせる。「このアクーラ・ウォークレットが一緒なんですから、安心して呑んでくださいよお」「はい。ありがとうございます。心強いです」「カイト卿はあ、いつでも、そんな感じなんですかあ」「そんな感じ、とは?」「えーとですねえ。冷静とはちょっと違ってえ、腰が低すぎる感じ?」「そうでしょうか?」 カイトが微苦笑を浮かべながら答えると、アクーラは語尾を伸ばす口調のままで指摘を口にした。「そうですよお。カイト卿は太魔範士で聖魔道士の首席魔道士なんですから、もっと堂々としてなきゃダメなんですよお」「魔力を持っているだけの駆け出しですよ、俺は」「いいですねえ。力への慢心が無いってのは、戦場では大事なことですよお。でも、力に見合う態度ってのが大事に

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     当初の見積もりよりも大幅に延びてしまった滞在に進んで付き合ってくれるだけでなく、独断と責められても文句の言えない今回の決断にも快く応じてくれるアルテッツァとセリカ、ステラの三人に向けてカイトは頭を下げた。「ありがとう……今回の遠征では太魔範士じゃなく聖魔道士として、ヒーラーの役割を果たしたいと思ってる。この身体は三人に預けます」 カイトの意思を聞いたセリカが「お任せ下さい」と朗らかな笑顔で答えながら、自分の胸をポンと叩いてみせる。 続けて「必ずお守りします」と答えたピリカも、やわらかな微笑みを浮かべてみせた。「お願いします」 三人に向けてもう一度頭を下げたカイトが、セリカとピリカの笑顔につられるように微笑む様子を見たアルテッツァが、会話を次に進める切っ掛けの仕草としてあごに手をやってから口を開いた。「それにしても……ファセル卿とカレラ卿、そして、あのアクーラ卿が同じ部隊に揃う姿を、この目で間近に見ることになるとは……当分は酒の席での話題にも困らないな」「その三人は、それだけ特別ってことか……」 あらためて今回の陣容を思い浮かべたカイトの呟きに、軽くうなずいてからアルテッツァが答えた。「ファセル卿とカレラ卿は西方を代表する魔範士として知られてるからね。アクーラ卿に至っては「鬼神」とも呼ばれた圧倒的な戦闘力で戦功を上げ続けた結果、出自やパトロンといった政治的な駆け引き無しに、格式を重んじるブリタンニア連合王国の筆頭魔道士団メーソンリー魔道士団の第三席次に就いてしまった。二十三歳で既に生きる伝説として語り種にもなってる御仁だ。それを抜きにしても、治癒魔法のみを行使するダイキ卿を含めても世界に二十人しかいない、魔範士が三人揃うだけでも凄いことだからね」 アルテッツァが挙げた理由の中でカイトが驚いたのはアクーラに関してではなく、ダイキについての事実だった。「なんか場違いでゴメン、だけど……父さんって、魔範士だったんだ?」 カイトの反応に驚いたアルテッツァは、目を丸くしてから明るい笑い声を上げた。「まさか知らなかったとは……いやあ、聖人の血筋には驚かされてばかりだ」「だよね……正直、父さんにはいまいち関心が薄いっていうか……掴めない存在だから考えないようにしてるっていうか……」 カイトの素直な打ち明けを聞いたアルテッツァが、同感を表すようにうん

  • 異世界は親子の顔をしていない   第84話 国威の示し方

     遠征に自ら参加すると表明したカイトに対し、心配の表情を浮かべたヴァルキュリャが声をかけた。「カイト卿。卿は筆頭魔道士団の首席魔道士として貴国の国防を預かる身です。首席魔道士は国威の象徴として存在するのも役割の一つ。当然、それを承知の上での発言かとは思いますが……ここは、敢えて問います。本当に御自身が赴かれますか?」 カイトはゆったりとした頷きをヴァルキュリャに向けて返すと、努めて静かな口調で答えた。「ミズガルズ王国の現状を考えれば「俺が出る」のが最適解だと思います。俺は太魔範士であると同時に、治癒魔法を行使する聖魔道士です。俺が遠征に参加すれば、今回の遠征が持つ意味を担って戦地に赴く魔道士の方々の生存率は格段に上がります。それに、この場限りということで正直に打ち明けてしまうと、ミズガルズの国力は今回の同盟を結ぶ国の中で一段、低いのが現状です。ミズガルズ王国が同盟の中で役割を持つ、本当の意味で魔法国家として世界に認識されるには、首席魔道士として国威を背負う俺が直接、戦功を上げるのが最も分かりやすくて効果的だと考えています」 カイトの言い分を聞いたヴァルキュリャは「そうですか……」と短く呟き、理解を示しながらも心配の表情を変えることは無かった。 遠征に自ら参加する理由を打ち明けたカイトへの賛同を口にしたインテンサだった。「カイト卿の英断を尊重したいと私は考えます。さらに言えば、戦地へと赴く魔道士たちの安全を鑑みたカイト卿の思慮に感謝を申し上げる。卿の身の安全を優先するよう、同行することとなるカレラ卿には確と下命しておきましょう」 賛同を示してくれたインテンサに対して「ありがとうございます」と頭を下げたカイトの姿を見たシオンは、納得の表情を浮かべながら口を開いた。「わたしもファセル卿へしっかりと伝えておきます。今回の遠征を担う主要な顔触れは、以上で決定としてよろしいかと思いますが」 確認する間を置いたシロンが反論の無いことを受けてクーリアへと目配せすると、首肯を返したクーリアが会談を締めた。「遠征に関する四国の賛同と、遠征を担う魔道士についての人選も得られましたので、この会談はここまでとしたく思います。遠征の準備が整い次第、聖皇国から出航するという事で手配に入りたいと考えます。聖皇国としても出航までは全面的に協力することを、この場で約束いたします」

  • 異世界は親子の顔をしていない   第83話 挑発への対処

     ヒンドゥスターン王国への侵攻を開始したセナート帝国の部隊が、ヒンドゥスターン王国の北東に位置する重要拠点であるベンガラを占拠したという報せは三日後の三月二十七日、ウァティカヌス聖皇国に滞在するカイトの元に届いた。 セナート帝国による侵攻の報を受けて、翌日の昼過ぎには対応を協議するための会談が聖皇の宮殿を会場として用意された。 聖皇国に滞在して同盟の締結に向けての調整に動いていたカイトら四名の首席魔道士と、宰相に就いた直後で王都を長く離れることが難しいドゥカティに代わり、聖皇国への訪問という形を取りながら滞在しているビタリ王国の外相ビモータ。そしてオブザーバーとして議事の進行を兼ねるクーリアの六名のみが会談に参席した。 進行役を兼ねるクーリアの、状況を整理する説明から会談は始まった。「三月二十四日。早朝の宣戦布告から、わずか数時間後にはセナート帝国のラブリュス魔道士団に在籍する六名、及び第六魔道士団の十二名で編成された部隊がベンガラへと攻め入りました。セナート帝国の南方元帥として知られるアリア卿が指揮する部隊は、ヒンドゥスターン王国のアパラージタ魔道士団に属していた二名の魔道士と、ブリタンニア連合王国のメーソンリー魔道士団から派遣されていた二名の魔道士を討ち取り、重要拠点であるベンガラの街をその日のうちに占拠しています。その際、アパラージタ魔道士団の第三席次に就いていたクラリティ卿は投降したとの事。まず、未だ正式な締結には至っていない同盟として、動くか否かを協議するべきかと考えます」 クーリアが説明を締めたのを受けて、シロンが蒼い瞳をヴァルキュリャへと向けた。「ブリタンニア連合王国としての正式な表明を待つまでも無く、メーソンリー魔道士団としては動かざるを得ない事態かと思いますが」「はい。シロン卿の仰る通りです。メーソンリー魔道士団は動きます」 シロンの問い掛けに対し、ヴァルキュリャはすぐさま明言をもって返した。 インテンサが長く骨張った両手の指を組み合わせたまま口を開く。「五国間の同盟、とは言っても実質は四国による軍事同盟ですが……いずれにせよ軍事同盟については未だ実務レベルでの協議中であり、正式に締結はされていない。しかし、その協議に要する時間を狙ったかのように、同盟の主たる仮想敵国であるセナート帝国が起こした侵攻であること。宣戦布告と同時に

  • 異世界は親子の顔をしていない   第82話 戦闘狂の正体・クラリティ(Ⅰ)

     刹那にも思える短い時間で四つの命を奪い、次の刹那には自分の生殺与奪を握ったベルゼブブが消えたことで、クラリティは浅くなっていた呼吸を整えるように短く息を吐いた。 無邪気だからこそ残酷な子供の笑みを浮かべて目の前に立つ可憐な少女が、十六歳にしてセナート帝国で四方を預かる「四人の元帥」の一人として南方を任されている天才魔道士でありながら、戦闘狂として知られることで「狂乱の魔範士」とも呼ばれる存在だと、頭では理解できてもクラリティの感情は理解に追い付いてくれることはなかった。 「一つだけ……お伺いしても、よろしいですか?」 緊張で喉が詰まりながらも問い掛けを口にしたクラリティに対し、アリアは屈託のない笑みを向けて応じた。「うん。別に一つじゃなくてもいいよ? なに?」「今回の侵攻、その主な目的は、ヒンドゥスターンの併合では無いのですか?」「そうだよ。まあ、表向きはソレ? ってことになってるけど。ここに即席の仲良しごっこ同盟をおびき寄せるの。今回はそれがメインディッシュになるんだよね」「軍事行動そのものが目的、だとおっしゃるのですか?」「その把握で合ってるよ。まあ、卿は見物してればいいからさ。滅多に観れないショーが拝めると思うよ?」「……ショー、ですか?」「そう。遊びみたいなもんだよ。ボクにとって、きっと陛下にとっても、ね」 軽い口調でポンポンと答えるアリアの言葉は、クラリティにとってどこか異界に棲む妖怪の言葉のように聞こえた。 真相を隠そうとしているのではなく、隠さずに語る真相そのものが、自分の理解できる範疇を越えているんだろうとクラリティは感じた。「アリア卿と、皇帝陛下にとっての、遊び……には、この侵攻自体が含まれる、という意味ですか?」「陛下が遊びって言うのを直接、聞いたことはないけど。ちょっと考えれば分かるよ。本気で攻め込んじゃえばスグに飲み込めたロムニアとかピャストを残しておくために敢えて膠着させてた西方戦線とか、落とすならもう絶好のタイミングだった二年前のミズガルズ、とかさ? どう考えても面白くなるタイミングまで待ってるでしょ。陛下って」 理解できる範疇を越えていると感じた自分の直感は当たってしまったんだと、クラリティは諦観にも似た落ち着きを取り戻した。「アリア卿にとっても、戦争は「遊び」なのですか?」「戦争そのものは、遊び

  • 異世界は親子の顔をしていない   第81話 死の飛翔

     ヒンドゥスターン王国内では精鋭とされる魔錬士として、十二名から成る筆頭魔道士団の席次に就いていたフリードとビートを、圧倒的な力量差であっさりと処理したアリアは顔色ひとつ変えることなく、ベルゼブブを召喚したままでツカツカと街の中心部に向かって歩き続けた。 アリアの軽快な足取りに合わせて、リラックスした表情を浮かべるヴァイオレットとシルビア、鋭い視線で周囲を警戒する第十四席のギャランが後に続いた。 ベンガラに暮らす住民たちは既に建物の中に引き籠もっており、無人となった街には警鐘だけが鳴り響いていた。 アリアは街の中心に位置する、大きな噴水のある広場で足を止めた。「さて、と。ここで待とっか。人の姿は見えないけど警鐘は鳴ってることだし、あっちから来てくれるでしょ。暑くてもう、歩く気しないしさ」 アリアが軽い口調のまま待機を指示した数分後。 噴水のある広場からほど近いベンガラの役場に詰めていた、メーソンリー魔道士団の軍服を着た壮年の魔道士が二人と、アパラージタ魔道士団の軍服を着た若い女性魔道士が広場に駆けつけた。 緊迫した様子で近付いてくる三人の姿を見たアリアは待ちくたびれた口調で「やっと来た」と呟きながら、呑気なあくびを漏らしてみせた。 背恰好の似た壮年である二人の魔道士は、アリアが召喚しているベルゼブブを目視すると顔を見合わせ、うなずき合うと同時に揃って召喚獣の名を喚んだ。「「タロース!」」 二人の重なった詠唱に応じて出現した、二つの直径二メートルほどで緑色に発光する魔法陣から、全身が青銅色の装甲で覆われた身長三メートルほどの人型をした二体のタロースが姿を現わす。 二体のタロースを見たアリアは、退屈であることを隠さず口にした。「ベルゼブブに対して耐刃性能に優れるタロースを選んだ、ってことなんだろうけど……まあ、土の属性魔法を使う魔道士として間違ってないだけで、平凡すぎるよね」 壮年の魔道士の一人が、泰然とした様子のアリアに奇妙な違和感を覚えながらも声を張り上げた。「ラブリュス魔道士団が、ベンガラの地に何用だ!」 切迫が声に現れている壮年の魔道士とは対照的に、アリアがくつろいだ口調のまま答える。「えーと、アルナージ卿かな? それともカマルグ卿? まあ、どっちでもいいんだけど。セナート帝国はね、今朝、ヒンドゥスターン王国に宣戦布告したんだよ

  • 異世界は親子の顔をしていない   第80話 怨嗟すら浮かばない涙

    「宣戦布告も済ませた戦争で、この戦い方が国際法ギリギリなのは承知してるけど。面白くなさそうだったし、まあ、お互い最低限の口上は済ませてたし、ってことで。遅いんだもん。召喚前に「ちくしょう」とか言ってるようじゃ問題外だね」 アリアは吐き捨てるように呟くと、ベルゼブブを召喚したまま軽い足取りで歩き出した。 ラブリュス魔道士団に籍を置く三名が無言でアリアの後に続く。 けたたましい警鐘が鳴り響く中、アリアがベンガラの中心区画に足を踏み入れたタイミングで「クッレレ・ウェンティー!」と風の属性で基本となる魔法を詠唱する少年の声が、アリアたちの耳に届いた。 自身の速度を強化するクッレレ・ウェンティーによって高速で駆ける少年が、アリアに向かって一直線に接近する。 アパラージタ魔道士団の軍服を身に纏う少年の、左肩でたなびくマントに標されたナンバーはⅫだった。「シーカ・ウェンティー!」 少年は駆ける足を止めること無く詠唱を済ませ、風の力で成形された短剣を右手に現出させる。「ラーミナ・ウェンティー!」 少年は立て続けに風の属性魔法を詠唱するのに合わせて、アリアを指すように左手を突き出した。 風の力を刃状に成形して射出するラーミナ・ウェンティーを行使した少年の、左手から撃ち出された風の刃が回転しながら高速でアリアに迫る。 アリアは何ら反応することなく、歩く足を止めることさえしなかった。 平然と歩き続けるアリアに代わって動いたのはベルゼブブだった。 互いに近付いているアリアと少年との間に瞬間的に割って入ったベルゼブブは、脚の先に発生させた風の刃で少年が放った風の刃を難無く叩き落とした。「チッ……!」 舌打ちした少年は、右手に握っているシーカ・ウェンティーによって現出させた風の短剣を投擲した。 ベルゼブブが短剣を叩き落とす隙に、少年がアリアとベルゼブブから距離を取る。「うん。まあ、なかなかと言っていい動きかな? キミ、名前は?」 アリアが戦闘の緊張を欠片も含まない口調で、少年の魔道士に声をかけた。 少年はベルゼブブから目を離さずに答えた。「ビート……アパラージタ魔道士団、第十二席次のビート・ハセックだ!」「ふーん。ボクはアリアだよ。で、ビート卿。称号はお持ち?」「……魔錬士、だ」 ビートがベルゼブブを警戒しながらも素直に答える。「そっかあ……そ

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